2011年10月28日

第9話

「かけちゃん…どうしたの?」

「っ……あ、あぁ…いや…」

兄からの着信を見せよう、と渡した携帯の画面を見詰めたきり言葉を失い固まってしまった翔を、不思議そうに首をかしげて声を掛け、ぽん、と肩を叩くと、大袈裟なほどに体を跳ねさせて驚いた顔で此方を見てくる表情に、七海まで驚き、叩いた手を慌てて引っ込めて見つめあう。

「かけちゃん…お兄ちゃんからの電話、ないかな?」

「いや、電話じゃない…多分メールの、着信だ…」

ほら、と返された携帯の画面を覗くと、ソコには新着メールのマークが着いたままのメールがあり、携帯を受け取ってメールを開くと、ソコには何も書かれていなかった。
所謂空メと言われるものが、あのタイミングで、しかも死んだとされている兄からの着信だと、何だか怖いと言うより、あぁ助けてくれるんだと、不思議な安心感を身体を包んでいく。

「何も書いてないけど、多分航お兄ちゃんだ……だって…もうすぐ、…」

「もうすぐ、何だ?」

「……もうすぐ、何だろ?何だっけ?」

「はぁ?おま…っ!?」

がしゃーん!
と、遠くで何かが派手に割れる音が聞こえてくると、ハッとして振り向き、音のした方へ駆け出そうと一歩足を出すが、七海を置いていくわけにはいかない、と再び七海の方へ向き直るが、ソコには…


「な…なんだ…どうなってんだ…!」

1秒前までそこに居た筈の、ホンの一瞬目を反らしただけの、本当に一瞬の間に、漸く合流出来た七海が姿を消していた。
困惑し、嫌な汗が頬や背中を伝い、聞こえてきた何かが割れる音すら、真相を掴むために向かうべきかも分からなくなり、呆然と立ち尽くしてしまう。

「っクソがぁーッ!」

グッと拳を握りしめると壁を殴り、気合いを入れると、音がした方向へと走りだした。




「…ここ…は…?」

僕がからかわれて、鏡を見たのは覚えてる。
その後は、よく覚えてない。
どうしてか、僕は鏡の中に居るように感じて、ボンヤリする意識の中で、ふわふわ浮いている、そうプールの水に浮いている様な感覚の中で、僕は声を聞いた。
そして、僕じゃない僕が、ななちゃん達と行ってしまうのが分かった。

待って!って思っても声も出なければ手も足も動かない。
ただ僕じゃない僕が、何かしてしまわないかと、ただただ心配で、頭の中に強制的に流れ込んでくる二人の様子に、一喜一憂するばかりだった。

少しして、誰かが隣にいるのが分かったけれど、目を開けることすら出来ない僕は、ただされるがままになるしかなく、その誰かは僕の頭を撫でると、こう言っていた。
この言葉だけは、耳にこびりついて離れない。

――――大丈夫…七海は俺が守るから。

その言葉を、声を聞いて、僕は誰か直ぐに分かった。

でも、それはあり得ない人で。
どうしてその人が此処に居るのか、どうして僕に言ったのか、全く理解出来なかった。

ただ、少なくとも味方だと言うことは分かった。
なぜなら、ななちゃんの携帯を通じて、僕じゃない僕を、その人がやっつけていたから。
ボンヤリ見えている、強制的に見せられている翔と僕じゃない僕。
鳴り響く携帯電話。
あり得ない着信。
全部全部見えている。

見せられている。

隣にいる、その人は、僕のよく知っているあの声で、口調で


―――てあげる。


愛を囁いた。

僕じゃない僕が、狂っていく姿をみて、なぜか愛を囁いたように思った。


ソコで僕の意識がなくなって、今に至る。

ふわふわしていた浮遊感はなくなり、へたりと床に座り込んでいて、周りには割れた鏡が散乱している。

僕の手元には僕の携帯電話が握り締められていて、訳がわからず遠くから聞こえる足音を、ぼんやり聞いているだけだった。


「航兄ちゃん…」


あれは確実に、居なくなった筈の、ななちゃんの兄だった。


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2011年10月15日

第8話

目の前で起こっている惨劇から目をそらしつつ、
翔は恐る恐る通話ボタンを押した。

「・・・七海か?」
「・・・・・・・・・・」

電話の先は無言だった、翔はもう一度電話のディスプレイに目を向けた。
そこには圏外というマークと待ち受け画面しか映っていなかった。
「どうなってるんだ?」
着信履歴を見ても七海からの着信はなかった。

「直哉は何を聞いたんだ。」
そうつぶやいた時に翔はハッと思いだした。

「直哉だいじょうぶか!?」
電話をとるときに目をそらした方向へ視線を送る。

しかし直哉はもうそこにはいなかった。
残っていたのは裸足の足跡と何かを引きずった跡だけだった。

翔は電話に集中するあまり、周りの音が静かになっていることに気付かなかった。
「直哉!!」

廊下に飛び出し何かを引きずった跡を追いながら
大声で姿の見えなくなった幼馴染の名前を呼ぶ。
当然返事は返ってこない。

「くそっ。どうなってるんだ!」
引きずった跡を見失わないように、懐中電灯で照らしながら後を追いかける。

しかし突然引きずった跡が途絶えた。
どこかの教室に入るでもなく、廊下の真ん中で消えたのだ。

翔はあたりを見渡した。
すぐ近くの部屋のプレートを確認するとそこには

『室科理』と書かれていた。

「理科室、だよな?」
廊下の引きずっている跡を見ながら進んでいた翔は周りの変化に気づいていなかった、ただでさえ自分たちの知らない学校の中がさらに異質になっていた事に。

「なんなんだよこの場所は、早く二人を見つけてさっさとこんな場所から抜け出さないと。」
非日常的なこの状態でも、翔は徐々に冷静さを取り戻していた。
『2人は自分が護る。』七海の兄と昔交わした約束だった。

翔は昔交わした約束をもう一度心の中で繰り返しながら当りを注意深く見渡し、途切れたであろう何かを引きずった跡の先を歩いていた。
「直哉はこの辺まで何かに運ばれてきたはずだ、突然跡がなくなった意味はわからないが。」

その時、――ぴりりりりっ

聞き覚えのある着信音が理科室の方から聞こえてきた。

「この初期設定のままの着信音、七海か!」

急いで理科室に向かい大声で七海の名前を呼んだ!

「七海!!そこにいるのか!!」

勢いよく理科室の扉をあけ、懐中電灯で中を照らす。

「か、翔ちゃん!!」

「七海無事か!」

「携帯探してたら、足つかまれて、気づいたらここにいて、なんか変なのにカリカリされそうになって、お兄ちゃんから着信あって翔ちゃんが出てきて、理科室で、二人に助けてほしくて、なにもできなくて。怖くて。どうしようもなかったんだよ!」

ちょっとしたパニックになりつつも今まであったことをしどろもどろになりながら七海は伝えた。

「わかった、七海が無事でよかった。あとは直哉を見つけるだけだな。」

「そういえば、なおくんは?」
少し落ち着きを取り戻した七海は直哉がいないことにやっと気付いた。

「わからないんだ、七海の悲鳴を聞いて3階に来た時に俺らに電話があって、直哉が先に出たんだが電話に出た直哉の様子がおかしくなって。俺が電話に出ている間にその場所からいなくなったんだ。」

翔は七海にショックをあたえないようにあえて詳しい説明をしなかった。

「そういえば、七海さっきなんて言ってた?航兄から着信があったのか?」
ふと七海のむちゃくちゃな説明の中で強く引っかかったのだ。
「うん、へんなカリカリに襲われそうになっている時にお兄ちゃんから電話があったの!」

そういいながら七海は携帯を確認した。
「あれ?お兄ちゃんからの着信履歴がなくなってる。」
そう言いながら七海は携帯を渡してきた。

携帯を受けとった翔がみたのはメール受信boxの画面だった。
おそらく受け取った際に間違って押してしまったのだろうが翔はその受信boxから目が離せなかった。なぜならそこにはあってはならない名前が並んでいたからである。

『From:航お兄ちゃん』

翔は言葉を失った。。。



To be continued…
posted by 元ダラチャメンツ at 01:35| Comment(0) | TrackBack(0) | 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年10月13日

断章1


ななちゃん――折原七海の兄である折原航が行方不明になったのは七海が5才、僕と翔が6才の時だった。そして彼は7才だった。
それはいつも一緒に歩いていた僕たちの道が、くっきりと分かれた時だった。



多くはない参列者たちは、皆こぞって黒を着ている。喪服だから、そうではないと困るのだろうけど。
そんな黒い群れを見ていると、その個々人の認識が消えていく気がした。
式場は静かで、それはとても現実味がなかった。
何しろ、実際に彼が僕たちの目の前からいなくなったのは七年も前のことだし、時間は僕たちの関係を修復し、また僕たちの精神を癒した。
ような気もした。だけどなんとなくぼんやりとした黒い穴は残ったままだった。

「あれ、ななちゃんは……?」
「七海ならあっちだ」

知らぬ間に後ろに立っていた翔は、いつもとは違ってしっかりとネクタイを締めていた。が、いつもと同じように偉そうに僕の隣に座った。
けだるそうに向けた視線の先には眠っている七海がいた。
開け放した襖の向こうの部屋の隅で、七海は沢山の座布団を枕にして気持ち良さそうに寝ていた。
真新しいと思われる黒い半袖のワンピースを一切気にすることなく存分に皺をつけていた。
先ほどまでつまらなそうにしていたが、ついに寝てしまったらしい。

「…ぐっすり寝てる。お葬式なのに」

不特定多数の人が出入りするところでよく寝れるなぁと感心してしまう。
よく見ていると、周りの親戚だかなんだかの人たちが、七海のことを少し避けるようにしていることに気づく。
故意ではないのだろう。多分、どうしていいのか分からないんじゃないか。

「――実感がわかないんだろ、七海は」
「もう、七年も経ったのに?」
「俺だって実感がわかないんだ。もしかしたらひょっこりと帰ってくるんじゃないか、とかな。馬鹿げてるけどよ」
「ちょっと同感」

翔はいつもと違って揚げ足を取らない。
お悔やみを申し上げます、と今日何度目か分からない言葉が遠くから聞こえてくる。
申し上げられても、なぁ。
七海の両親は少し翳りのある表情をしている。でも一時期より随分とましになったと思う。
もう七年も前のことだから、慌しい世間からは忘れ去られていると思っていたけれど、律儀に何社かマスコミが来ていた。
人の不幸を切り売りするのが仕事なのだ。
確かに航兄ちゃんの誘拐事件は、世間の涙を誘うのに持って来いだったのだろう。
お涙頂戴ってやつだ。
だけど渦中にいる身としては本当に、毎日ただただ疲れるだけの日々だった。

「そろそろ時間かな? さすがに起さなきゃまずいよね」
「きっと昨日寝れなかったんだろ。寝かせておいてやれよ」
「でも、実の妹が寝てました…って、それでいいのかよ」
「別に遺体があるわけでもないし、こんなの形式上やるだけだろ。出なきゃいけないわけじゃない」
「そんな言い方ないだろ」
「でも航が死んだなんて言い切れねえじゃねえか、死体がないんだから」
「翔!」

翔は視線をそらして、溜め息をついた。

「本当のことだ」
「でも」
「七歳のアイツは誘拐された、それから行方が知れない。確かなのはそこまでだ。この葬式は憶測と法律的な縛りのための便宜上の死のための式だ」
「法律的縛り?」

聞き返すと呆れた顔をされた。
知らねえのか、と聞かれて、ムカつきながらもうなずく。

「行方不明になってから七年経つと死人になるんだよ」
「なんで?」
「知らねえよ、どっかの偉いジジイに聞け。とりあえず日本ではそういう決まりになってる」
「七海はそれ、知ってるのかな?」
「知らないだろうな」
「じゃあ教えてあげれば」
「そういう問題でもないだろ。教えても分からないだろうし、分かろうともしないだろうしな」
「……」
「でもきっと、この式が航を弔うためじゃなくて、とりあえず葬式をやっているってのがアイツには分かったんだろう。きっとその違いが上手く納得できなかったんだろう、大方な」

翔は眠る七海のことを見ていた。
七海は起きているときとは違って、死体のように静かに身じろぐことなく寝ている。
もう一度翔のことを見る。見てはいけないものを見た気がして、なんとなく目をそらした。

「……実際のところ、何が起きたんだろうね」

いつもなら絶対にできない問いだった。
僕たちの中でこの話題はタブーのようなもので、知らず知らずのうちに意識の外へ遠のけていた。
僕たち四人の中心であった航がいなくなり、そして一緒にいたはずの七海はその記憶を閉じ込めてしまった。なにが入っているか分からない、ブラックボックスだったのだ。
けれども葬式の空気がそうするのか、今なら聞ける気がした。寧ろ今を逃したら、一生聞けない気がした。
翔は俯きながら、僕の問いを反芻しているようだった。

「さあな、いまとなっては闇の中、だ。いや、藪の中か」
「冗談になってない」
「許せ」

翔は首を左右に回すと、きっちりと締めていたネクタイを緩めた。
暑くなったのかブレザーを脱ぐと、畳の上に放った。中のワイシャツは半袖だった。
僕もじんわりと汗をかいていたけれど、脱ぐ気にはなれなかった。

「一番の当事者が覚えてないんだ、もう誰も分からないだろ。知っているとすればあとは加害者ともう一人の被害者だけだ」
「そしてその被害者は死んでいる」
「そういうこったな、今んところ」
「僕たちがあの日、かくれんぼなんかしなかったら、とか思ったこと、ある?」
「……そんなこと今考えてもしょうがないだろ。きっとそういう運命だったんだ、そう思え。お前のせいじゃない」
「うん」
「そうだな、七海だけは帰ってきたんだ。ぼろぼろになりながらも自力で。そして藪の中にいた。それを優しい人たちが見つけてくれた。それだけでもう充分じゃないか」
「……うん、でも、七海と航兄ちゃんは違う」

沈黙が下りる。
やっぱり聞くべきじゃなかったんだろうか。
ぼやけてよく見えない畳の目を見つめる。

「こういう考え方はあんまり好きじゃねえんだけど」

翔はめずらしく言い訳でもするように前置きをした。

「航が犠牲になったことで、七海は今生きてる。必要な犠牲だったんだ」
「……」
「もうちょっとドラマっぽくしてもいい。航が自分を犠牲にして七海を逃した」
「……」
「まぁ、想像するだけならいくらでも出来る。空白のあの時間に何があったかなんてな。でもそれは必要なことじゃないだろ」
「そうかもしれない」
「俺たちが葬式をやる意義は、もしかしたら、という可能性を切り捨てるためだよ、直哉くん」
「可能性?」
「俺たちの場合は、もしかしたら生きているかもしれない、だな。もうこの世界にはいないってことを俺たちやそれから七海のご両親たちにしっかりと刻みつけさせるんだよ。葬式をやることでな。別に死んだやつのためなんかじゃない。決して、な」
「だから僕たちは葬式に出る必要がある、と」
「言い換えれば、な。俺たちはいい加減航のことを引きずるのをやめるべきなんだ」
「……うん」

翔は立ち上がった。
ブレザーはもう着る気がないようだった。

「もうそろそろ焼香が始まるだろ、行くぞ」
「ええ?! もうそんな時間?!」

翔はにやりと笑って歩き始めた。
思いの外話しこんでいたようだった。
大人たちは誰も僕たちを呼びに来てくれなかったらしい。もしくは来なくてもいいと思っていたんだろうか。
そんなことを考えているといつの間にか翔は廊下を歩いていて、急いで翔のもとにかけ寄る。

「……ついつい、くだらねぇ話をしちまったからな、泣き虫の直哉くんのために」
「泣いてなんかないだろ! いい加減昔の話を持ち出すのはやめてくれよ! それに僕はそんなに泣き虫じゃなかったし!」
「どうだかな」
「っ!!絶対に信じてないだろその顔!」

ようやく隣まで来て翔の顔を見ると、その顔は笑っていなかった。

「わり、数珠忘れたわ、ちょっと取りに行ってるから先に行ってろ」
「はあぁ? 数珠とかお前そんな大事なもん忘れたわけ? しょうがねえから待っててやるよ」
「直哉は一人で行けないのか、そうかそうか」
「そんなわけねえだろ、一人で行けるに決まってるし!」

失礼すぎる、と僕は足を速めた。

「単純なやつ」

結局、翔は式に出なかった。
控え室に帰ると、何故だか知らないが七海は翔の膝の上で寝ていた。訳が分からん。
何故翔は式に出なかったのか。
その理由を今も僕は知らない。








部屋に入って開け放たれたままだった障子を締めた。
眠っているはずの七海の塊はぴくりともしない。

「眠ったフリはよせ、気持ち悪い」

数秒の後、黒い塊はむくりと起き上がった。
顔は不機嫌そうで、目元は昨日の名残りだか知らないが、ほんのり赤く染まっていた。
それを見て反射的にかわいいと思ってしまう。
泣いている女は面倒で大嫌いだが、その泣いた後の目は何故かそそられるものがある。不思議だ。

「直ちゃんもお母さんたちも簡単に騙されてくれたのにー」
「ばーか、お前のご両親はちゃんと分かってただろ。それでも見過ごしてくれたんだ」
「、分かってるよ」
「あと、直哉がわかんなかったのは、アイツがおめでたい頭してるからだな」
「でも、ちょっとうらやましい……かも」
「……あんなのやめておけ」

七海は自分がワンピースを着ていることを忘れているのか、それとも全く気にしていないのか、足を曲げて体育座りをした。

「ねぇ、」
「なんだよ」
「……」
「気持ちわりいな、言いたいことがあるなら早くしろ」
「……やっぱいいや、なんでもない」

膝頭に顔をつけて、足の指をすり合わせていた。珍しく三つ編みにされた髪の毛は、編み目の途中途中から細かく飛び出し、綺麗だったはずの形は奇妙なひし形になっていた。

「こっち来い」
「なにー」
「いいから、早く」

七海はじとりと俺のことを見ると、渋々というポーズをとって凄く嫌そうな顔をして近づいてきた。
そしてさも当然のように、あぐらをかいた俺の足の上に乗った。
黒いゴムを外して解いていくと、髪の毛はやわらかくウェーブがかかっていた。

「ブラシは?」
「なーいー」
「それくらい持ってろよ」
「だって七海は結わかないもん、自分じゃあ」
「……」

言い訳に反撃するように、少し強めに髪の毛を引っ張ってやると、イタイイタイイタイと大げさに喚くのでやめてやる。
手櫛で髪を梳いていくと借りてきた猫のように大人しくなった。
髪の毛は少し茶色がかっていて、するりと細い。
ちょうど真ん中で二つに分けると、白いうなじが見えた。
首は今にも折れそうに細くて、俺の手でもポキリと、まるで小枝を手折るように簡単に折れてしまいそうだった。

「今日の夕飯は、何かなぁ」
「…知るか」

posted by 元ダラチャメンツ at 02:34| Comment(0) | TrackBack(0) | 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年10月08日

第7話

「はぁっ…はぁっ…」
二人は息を荒げながらも、七海が向かったであろう3階にたどり着いた。

「直哉、今俺と同じことを考えてないか…?」
「うん…」
『おかしい…』

二人の声がはもった。
普段ならお互いに笑いあえるはずの偶然も、今は恐怖に心が鷲掴みにされているようだ。
「ななちゃん…、ここに来てない…」
「あぁ…」
ここはもはや、翔達の知る学校ではなかった。

「翔!ここどこなんだよ!」
「…」
いつの間に。
七海と別れた時には間違いなく、いつもの俺たちの学校のはずだった。
いつの間に俺たちは。

その時。


ブー  ブー  ブー…


突然二人の携帯電話が同時に振動を始めた。
「ひっ!?」
「まさか…!」
同時に携帯を取り出す。
見ると、画面には。

―――折原 七海―――

翔は、画面に見入ってしまっていた。
(二人同時に七海から着信…そして…)
電波はない。
圏外と表示された電波。
とてつもなく嫌な予感がした。

「ななちゃんだよこれ!!!携帯見つかったんだ!!!」
直哉は極限の恐怖にこの事態の異常さを理解できていない。
直哉は携帯をばっと開き、通話ボタンに手をかけようとした。
「直哉!!やめろ!!」
翔は慌てて直哉の手を押さえようとした。
―――ピッ
「ばか!やめろ!!」

直哉は、翔の手を弾き飛ばし、携帯電話を耳に当てた。
「ななちゃん!!心配したんだよ!!今どこに…」
そこまでまくしたてた途端に、直哉は突然黙りこんだ。
しばらくその場に立ちすくんでいる直哉。
「おい…なお…や…」
直哉の肩に手をかけた。

ぐりん

直哉の首が、機械を思わせるような動きでぐるっと回り
見慣れたはずの直哉の目が、翔の目をじっと見据えている。
しかし。
「直哉!!!!!!」
目が死んだとは、この事を言うのだろうか…。
正気を全く失った直哉の目。
携帯を持つ手が重力に逆らえずにぶらんと地面を向いた。
携帯電話がかしゃっと地面にたたきつけられた。

「直哉!どうした!!なんとか言え!!!」
肩をつかみ、直哉を前後にゆする。
しかし、その動きに逆らうことなく、力なく振られる直哉。
力なく開かれた口から一言言葉がこぼれた。
「なな…ちゃ…ん」
「七海がどうした!!!何か聞いたのか!?」
「なな…ふひっ」
「なっ!?」

直哉が突然口元に笑みを浮かべた。
「ななちゃんななちゃんななちゃんななちゃんなな…」

翔は思わずあとずさった。
狂ったように笑いだした直哉。
ななちゃんと言う言葉の連呼。
目は相変わらず死んだ魚のようで。

「な…おや…」
もはや翔はかける言葉もない。
ただこの目の前の惨劇をただ茫然と見続けるしかない。

「うっぎぃいいいいいいいいいいああああああああ」
突然苦しみ出した直哉。
頭を床にたたきつけ、苦しそうに首元をかきむしるその姿に、直哉は戦慄を覚えた。
「んぐっ!!!がっ!!!」

翔は…茫然としながらも、自分の携帯に目をやる。
いまだに震える携帯。
七海からの着信。
だが。
「出れるわけ…ねぇ…」
目の前の惨劇が、自分自身に降りかかるのが怖かった。
苦しむ直哉になにもできない自分がもどかしい。
そして。
この電話をとってしまったら。
俺も…。

しかし、出ろ!出ろ!とばかりに永遠に震え続ける携帯電話。
もしかしたら。
これが本当の七海に繋がっているかもしれない。
そう。
こっちが。
画面を見た。

着信  折原 七海

手が震える。
着信ボタンに手をかけ。
「七海…。頼む…。」

後はこのボタンを押すだけ。

破滅への。

カウントダウン。
posted by 元ダラチャメンツ at 20:28| Comment(0) | TrackBack(0) | 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年10月03日

第6話

『ななは怖がりだね。』

『だって…おばけでたら食べられちゃうんだよ…』

『大丈夫だよ、俺が守ってあげるから。』

『ほんと?』

『ほんと。だから、もしななが一人で怖い目にあったら、……の……に、……に……するんだよ。いいね?』

『うん』



「うん………あれ…?」

昔の懐かしい記憶を夢に見ていた所で、ぱちりと目を開けるとそこは真っ暗な空間。
狭く窮屈で、何かに押し込められているような感覚に、首を僅かに動かすのが精一杯で、目線を泳がせながら暗闇に目が慣れるのを待つ間、ここに居る理由を思い出す。


まずは、翔と直哉から別れて3階に向かっていたはずで、何故か辿り着かなくて…
記憶が鮮明になってくると、ぞわりと背筋が粟立つような、嫌な汗が伝う。

ガッチリと掴まれた感覚が未だに残る足首は、身体を押し込まれているために見えはしないが、少し無理をして腕を動かし足首へ伸ばすとぬるりとした気持ち悪い触感があり、なにが着いているのかを予想させられてしまう。

「……っ…か、かけ、ちゃ…なおく……っ」

急に恐ろしさが身体を支配し始めると、一人で離れてしまったことを後悔して、自分でも聞いたことがないようなか細く弱々しい声で、今やどこに居るのかが分からない二人の名前を呼ぶ。

口を動かした事で、フワフワした何かが口に入ってくると、それが綿のようなものだとわかる。
学校にある綿のようなもの。
家庭科室の、ぬいぐるみを作る綿。
保健室の、コットン。
あとは、理科室の、標本を保存する時に詰める綿。

「理科室……」

目が慣れ始め、フワフワしたものが少し茶こけた標本用の綿だと言うことがすぐに解った。
ツンとしたホルマリンの香りが、鼻をつく。

ここは恐らく理科室で、恐らく綿がたくさんある場所で、恐らく、自分はそこの何処かに綿と共にしまわれている。


私はこのまま、誰にも見付からず、あのよく分からない真っ赤な何かに、食われてしまうのでは。

1人、狭く動けない場所に押し込まれ、誰かに、何かに襲われた記憶。
それだけで気が狂いそうなギリギリの綱を渡っている。


「お…ぃちゃ……」


ぺた

ぺた

聞いたことがある、裸足で歩いているような音が、シーンとしていた理科室に響く。

「おに………」

ぺた ぺた


「や、だ……っけちゃ……」


カリ

カリカリカリカリカリ


何かを引っ掻く音が、耳の直ぐそばで響く。
目線を音がする方へ向けてみると、そこは綿がなく、ガラス張りなのか外が見える。
真っ赤な細い指が、爪が、カリカリとガラスを引っ掻いている。

開けようとして居る。
開けて、なにをしようと言うのか。
食べる気なのだろうか。

開いてしまったら、私は食われてしまう。

私は…ここで、

終わってしまう――――


――ぴりりりりっ

突如鳴り響く携帯の着信音。
カリカリと引っ掻いていた手は即座に居なくなり、部屋には着信音がただひたすら鳴り響くばかりで、あの恐ろしかった空気が和らいでいる。
そればかりか、あんなに身動きが取れなかった窮屈な空間が僅かに傾き、閉まっていた扉が開き綿と共に外に押し出される。


「っ…痛い………あ、携帯…」

どさりと狭い空間から落ちれば、見上げたそれはやはり標本ケース。
見たこともないような大きい標本ケースには、まだ少し綿が残っている。

よろめきながらも立ち上がれば、回りに人や何かが居ないのを確認してから鳴り響く携帯に近寄れば、それは自分の携帯だった。

ぱちりと携帯を開けば、そこはやはり圏外表示。
それでも画面には着信履歴が表示されていて。
それは、

「…お兄ちゃん……」


兄からだった。


私が5歳の時に亡くなった、2番目の兄からの着信だった。
posted by 元ダラチャメンツ at 01:58| Comment(0) | TrackBack(0) | 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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